~大切にされるための境界線~

「人に嫌われないか?と不安になる事があります」

こういう話、よく耳にします。

誰しも人に嫌われようと、生きている人はいません。その気持ちは人として当たり前の事だと思います。

(でも、以前、イチロー氏は「僕、人に嫌われ手も構わない。何だったらゾクゾクしてきます。」と嬉しそうに言っていた。さすが天才^^)

嫌われるより、好かれていたい。

怒られるより、笑っていたい。

だから相手に合わせる。

頼まれたら断れない。

本当は疲れているのに「大丈夫です」と笑う。

気づけば、自分より、相手を優先することが当たり前になっています。

でもそのパターンが続くほど、心は少しづつ疲れてきます。

それは何故か?

自分と相手の境界線があいまいになってしまっているからです。

「ここまでは私の問題」

「そこからは相手の問題」

この線引きが境界線です。

例えば、頼まれたことを、断ったことで相手が残念そうにします。

すると「申し訳ない」「嫌われたかもしれない」と感じてしまう。

でも、本当は相手が残念に思う事と、悪い事をしたのかな?と思う事は全く別の話です。

相手は残念に思う自由があるように、こちらには断る自由があります。

ここで双方の自由の選択をごちゃまぜにしてしまうと、自分の人生を相手の気分や、都合に合わせて生きる事になってしまいます。

相手が笑えば安心し、機嫌が悪ければ、アタフタし、期待されれば無理をする。

それでは心は休まる暇がありません。

境界線が薄い人ほど、相手の感情を背負いやすく、影響を受けやすいのです。

相手の課題は相手のモノ

自分の課題は自分のモノ

そこを分けることは、冷たい事ではなく、お互いを尊重することです。

そしてもう一つ、大切な事は・・・・

境界線がない人は相手を大切にすることに気が向き、自分を大切にできていません。

そうすると、不思議な事にその、

「自分を大切にしていない姿勢」は周りに伝わります。

何を言っても構わない。

感情をそのままぶつけても構わない

なんでも頼んでも嫌とは言わない。

そうすると周りは、悪気なくそれが当たり前と思うようになる。

結果として「こんなに尽くしているのに、大切にされない」と苦しくなったりします。

人は自分を大切にしている人を大切にします。

それは我がままになるという意味ではなく

「今日は無理です」

「それは出来ません」

あるいは即断を避けて

「少し考えますね」と言えるようになると、自分にも相手にも誠実であると言えるでしょう。

境界線とは相手を拒絶する壁ではなく、お互いが気持ちよく付き合っていくための「ちょうどいい塩梅の距離」なんです。

境界線がある人ほど、人間関係のトラブルは少なく、関係の長続きします。

無理をしないから、関係が負担にならず、笑い合える。

我慢をため込まないから、愚痴もない。

もし、「嫌われたくない」が、自分を苦しめているようなら、こう問いかけるのです。

「私は今、本当に相手を思い大切にしているのかな?それとも、嫌われることを恐れているだけ
かな?と。

この自分への問いかけは、自分の心に一本の境界線を引く手伝いになります。

嫌われない事を目指すより

自分を見失わない事を目指す

そうすることで人との関係が重荷にならず、長く続いていくはずです。

ここでネルソン・マンデラが残した言葉を紹介します。

私は我が運命の支配者、私は我が魂の指揮者である

獄中で語ったとされる有名な言葉ですが感動的な言葉ですが、壮大過ぎてどのように自分の人生に落とし込めばいいのか、と考えてみた結果、

「自分の機嫌くらい、自分で面倒みろよ」的な言葉が浮かんできましたwwww

要するに、他人が機嫌がを悪くなろうとも、落ち込もうとも、それはその人の問題であるという事を念頭に置き、それでもなお、何かしてあげたいと感じた時には、真に慈しみの心が湧いてるという事ですね^^

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