~「止める=負ける」という思いこみ~
先日、ある30代の女性から
「転職するたびに、自分の価値が下がっていくように感じて、自己嫌悪を抱いてしまい、モヤモヤと苦しいです・・」というお話を聞きました。
何度か仕事を止めて、また転職して・・・・その度に
「また続かなかった」
「また、止めてしまった」と自分を責める。
そして、履歴書を見るたびに
「こんなに転職している私は、社会人としてンダメなんじゃないか?」
「雇ってくれるところなんて、ないんじゃないか」
そんな風に自分を低く見積もってしまう、と。
でも、私は思うのですはが、仕事を止めた事と、本人の価値って、本当に同じですか?ということです。
例えば、買った靴が自分の足に合わなくて
歩く度に痛い
靴ずれする
どう考えても慣れそうにない。
そこで「この靴は合わないから、履き続けられない。ゆえに私はダメな人間である」とはなりませんよね?
まぁ、
「私の足は甲が高すぎ( ノД`)」
とか
「親指だけが長過ぎぃ~(´;ω;`)」
とはなるかもしれませんが^^;
この靴は私には合わなかった!と諦め別の靴を探す。
まさか、諦めて裸足で歩くわけにはいきませんからね^^
私は仕事もちょっと似ているのではないか、と感じるのです。
仕事内容が合わない
人間関係が合わない
会社の価値観が合わない
働き方が合わない
求められるものと、自分が大切にしたいものが違う・・・・
そのような職場(に限らず場所)にいる時
自分がダメだから、馴染めない、と考える人が、割といますが、そうでしょうか?
もちろん、どんな職場でも多少の忍耐、我慢は必要でしょう。
何でもかんでもに対して、少しでも合わないなら辞める、でいいと言っているのでありません。
ただ、合わない場所にいる事を、自分の人間的な価値の問題までに広げる必要は全くない!!という事です。
職場は自身の価値を判定する場所ではないという事です。
その職場では力が発揮できなかった
その職場は苦しかった
自分に向いてなかった。
それはただの「相性」の問題だったのかもしれません。
人間関係だってそうです。
誰とでも仲良くなれるかというと、そんなことはないでしょう?
逆に誰とでも仲良く、そつなく接している人は、信用ならん!と私は思っています^^;
価値観の合う人、合わない人はいますし、別に何を言われたわけでもないけど、何となく苦手な人もいたりします。
それはそれで、静かに横に置くか、棚の上にあげてしまう^^
仕事も同じです。
辞めた回数が増えたからといって、自分の価値が下がっていくわけでない。
むしろ、その度に
「これは違った」
「これは苦しかった」
「この環境はしんどかった」
と、自分の中にデータが増えていく。
そう考えるてみると、転職はマイナスではなく、次につなげるために一歩であると言えないでしょうか???
