~それらは似て非なるもの~

「この人の事が好きなのか?それとも寂しいだけなのか?自分でもよくわからないんです。」

恋愛の相談を受けると、年齢を問わず、このような言葉を耳にすることがあります。

これはとても正直な言葉だと思います。

実は「好き」という気持ちは、案外ハッキリしているようで、実はとても曖昧なのではないか、と思います。

イチゴが好き、映画が好きというのとは違いますからね^^

「好き」という気持ちの中を探ってみると、安心、憧れ、尊敬、期待、そして寂しさなど、色々な感情が混ざっていることが分かります。

混ざり合っているからこそ、時々、自分の気持ちが分からなくなることがあるのは当然です。

では、好き寂しいはどこが違うのか、考えてみると・・・・・うん、以外とシンプルかもしれません^^

寂しさから誰かを求める時、

「一人は不安」

「誰か側にいてほしい」

「安心が欲しい」

そうした気持ちが強くなると、相手そのものよりも

「誰かがいてくれること」の方が大切になってしまいます。

極端に言えば、相手でその人ではなくてもよかった、という事が起こります。

人は寂しさが強い時は、とかく人を求めがちです。

一方、「好き」という気持ちがは少し違います。

もちろん、好きな人と、一緒にいると安心できるし、嬉しいし、幸福感はあります。

けれど、その中心にあるのは相手の存在そのものです。

その人の笑顔、存在、考え方、優しさや、

少しぶっきらぼうなところ、少不器用なところなど、世間では欠点と思われがちなところも愛おしく感じる。

そうしたものを含めて

「この人と一緒にいたい」と感じること。

そこには相手を知りたいという気持ちや、理解したいという気持ちが生まれます。

「寂しさの恋」は自分の空白を埋めようとする気持ちが多く、

「好きという気持ち」は相手の存在に惹かれていく気持ち。

そういう風に分析してみると、何となく違いが見えてくる気がします。

かと言って、人の気持ちは曖昧で変化するモノ、それほどキレイに分けられるものではありません。

誰か好きになる時、そこには少しの寂しさが混ざっているかもしれません。

寂しさから始まった恋が本物の愛情に変わることもあります。

「寂しさから始まった恋はいけない」なんていう事は全くなく、むしろ大切なのは自分の心を静かに感じてみることです。

この人といると安心するのか?

それともどこかで無理していないか?

この人をもっと知りたい、理解したいと思うのか?

それとも、私の事を理解して、ただ側にいてほしいだけなのか?

そんな問いを自分に投げかけてみる。

すると、時間と共に自分の心の輪郭がだんだんクリアになってきます。

恋のスタートは寂しさから…という事は少なくありませんし、それは悪いことではなく、一つのキッカケです。

だからこそ、自分が持っている寂しさを知ることは、恋を知ることに繋がっているのかもしれません。

焦らず自分の心をゆっくり理解して見つめればいいと思います。

今、現在、付き合っている相手といる事がしんどくなければ、問題ないことです。

誰かといることは、あらためて自分を知る事にもつながります。

焦らず観察してください。

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