~【エゴ】は悪者ではない~

先日、ある女性から、自分はエゴが強い方だと思う。

職場、知人関係、家族間でもグッと堪える場面が多く、心の中で人と対立しがちである!というお話を聞きました。

この、心の中で!というところが既に頑張っている証拠です(拍手)

お話しする中で、彼女から感じた心の温度、風景はとてもきめ細やかで透きとおったものでした。

依頼も受けたので、イメージアートも制作させていただきました。

(お見せする許可は出ませんでしたが、すご~~くキレイなモノでした^^)

そこで、彼女に「エゴが強い人」というとどんな人が思い浮かぶのか?と聞いてみました。

「自分勝手」

「わがまま」

「人の気持ちを考えない」

「自分の事ばかり主張する人」

と、どうも「エゴ」という言葉に悪いイメージを持っているようです。

だから、私はエゴをなくさなければ!

もっと謙虚にならなければ!

と自分の中にある自分を小さくしようとしているようです。

彼女の苦しみは、このエゴの解釈と自分を置いている位置のズレです。

自分が悪い・・という自分を位置において、四六時中、責めている(今回、位置のズレについては割愛します)

では果たして「エゴ」は本当に悪者で、消し去るべきものなのでしょうか?

私はむしろ、そうやって悩んでくらいの人には、生きていくために必要なのではないか?と感じます。

「私はこうしたい」

「これは嫌だな」

「これは出来るけど、これ以上は無理」

「私は私でありたい」

そんな感覚も実はエゴの一部です。

エゴ」は自分を守るための防御でもあり、自分の人生を動かしていく活力でもある。

もし、全くエゴがなかったら、人に合わせることしか出来ない生き方になります。

考えただけで、楽しくないですね。

嫌な事をされても「まぁ、いいっか」

無理を頼まれても「断れないし」

本当は違うと思っていても「皆が言うなら・・・」

これでは現関係の中で自分がすり減ってしまいます。

私の中にはしっかりとエゴはあります^^

現時点では、なくさなければとも思いません^^;

※(お釈迦様が説いた【諸法無我】は自分という絶対的な存在はどこにもなく、絶えず変化しており(諸行無常)、すべては繋がっている、といことですが、私にはまだまだ理解できない。T0T)

今の(未熟な)私が考えるには『エゴ』はなくすものではなく、上手に使うものである、と。

人との関係の中を泳いでいくための、一つのツールであり、言ってみれば自分を守りながら、人と関わっていくための必要不可欠なメソッドです。

「こんなことを思う私は冷たい人間なのでは?」と思う時点で、もう十分。、ツールとしてうまく使えているのです。

つまり、問題なのはエゴがある事ではなく、エゴに自分が支配されてしまう事だと思います。

自分の心地よさの為に使うエゴが、いつの間にか人を支配するためのモノになってしまう、ここに大きな違いがあるように思います。

「私はこうしたい・・でも、あなたはどう?」

この「でも」があるだけでエゴから、傲慢さが消えます。

自分の気持ちを大切にすると同時に、相手にも気持ちがある事を知る。

ついつい、親しくなったり、家族間ではこの「相手の気持ちの尊重」が軽くなりがちだけど、身近な人間関係ほど、その回数は重なり、厚みが増す、これは自戒の念も込めて、改めて肝に銘じたい。

そもそも、人間は誰だって、自分勝手です。

快不快なら、快を求めるもの。

私など、嫌われたくない、認められたい、大切にされたい、損もしたくない・・・・自分の想い通りに過ごしたい日や、思い通りになってほしい日もある・・・・エゴの塊^^

でも、そんな自分を「エゴがあるから駄目だ!」と叱り続けたところで、豊かな人生になるわけでもない。

苦しくなるだけです。

大切なのはエゴを、エゴと自覚できること。

「はい、はい、私の暴れん坊のエゴが、今日も出てきましたね^^」くらいでいいのでは?

気を付けるべきは、エゴによって他人を支配しない、他人を振り回さない、事だと思う。

「エゴ」はなくすものではなく、人生を自分らしく生きるために上手に使っていくもの、そんな風に考えています。

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