~西洋と東洋思想のちがい~

歴史を振り変えると、偉業を成した人物の中には神秘体験や、宗教的啓示を語った人が少なくないようですね。

こと宗教に関しては、仮説を検証していき積み上げていく科学の世界でさえ全知全能の神を信仰する学者と、そうでない学者は根本からたてる仮説が違うと聞いたことがあります。

積み上げてきた答えに関して、創造性を発揮しないといけない場面では、宇宙は神が創造した、という思想の学者と、宇宙はビッグバンによって自然発生的にできて、今もなお膨張し続けているという学者では、導く答えや、行くべき方向も変わってくると聞きました。

しかしながらその方向性は、我々凡人がもう様なモノではなく、微細に微細を重ねたものなのでしょうが。

では「神秘性」そのものが、過去において評価されたのかと言うと、必ずしもそうではないというのが現実です。

極端に神秘主義に走ると、世の人は眉をひそめるようになります。

例えばアイザック・ニュートン近代科学の父と呼ばれ物理学者としては評価がありますが、晩年の神秘主義に走ってしまったようです。

二コラ・テスラも発明家として、評価をえたものの、晩年は神秘主義に走り、奇人と言われ孤独な人生を終えた様です。

ガリレオ・ガリレイしかり、アルベルト・アインシュタインしかり、素晴らしい偉業を成しても、奇人変人と言われるようですね^^

このような風潮は科学革命と共に再現性、客観性が重視されるようになったからでしょう。

最も、奇人でなければとんでもなく大きな発明など成せないでしょうが^^

ではなぜ、超常現象、神秘主義、陰謀論、行き過ぎたゲン担ぎ、占い、易に反抗心を持つ人間が多いのでしょうか?

現代は神秘的主張よりも、自分の体験で確かめられる事、地に足が付いた精神性を好む、という事でしょうか?

超越的

選ばれし者

特別な啓示・・・これらはとても西洋的ですね

それよりも、科学、医学、あらゆる学問が進み、地に足の着いた静かな自分への探求を重視するようになった印象があります。

例えば東洋哲学と言われる釈迦の教えの中に

軌跡を誇るな!と戒めがあるように、悟りは神秘体験より、苦の理解と実践が大切と説かれています。

誇張を嫌う

実感を重んじる・

神秘主義に違和感を感じるのは

大げさに感じる

論理の飛躍を感じる

依存的に見える

様々ありますが、

やはり、山あり谷ありの人生、まずは足元を見る事が大切である、と。

現実と同接続しているのか?

生き方にどう役立つのか?を問う姿勢がとても重要です。

しかしながら、不可思議な事は多々ある。

でもそれが絶対的であると決め付けられると拒否反応が出るのは、成熟した態度であるかもしれません^^

直感(虫のしらせ)は人が持つ自然な能力ですし、心理学的にも無意識が過去の経験を高速処理して生まれる判断といわれています。

でも問題になるのは

これが宇宙の真理だ

選ばれし者の啓示だ

疑う人は波動が低い・・・・というような検証不可能なものを絶対化するのはやはりまずい。

これって思考停止を命じられているようなものです。

この主体性を奪われる感覚は、己の頭で考える余地がなくなる事なので、良い事とは思えない。

私は自分で感じたいし、選択したい・・・・まあこれも自我の塊なんでしょう^^;

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