— 言い返さない優しさと、自分を守る勇気のバランス はどこにあるのか?—
多くの人と関わっていると、時に心をざらつかせるような「攻撃的な言葉」を浴びることがあります。
突然の言葉のトゲに胸がぎゅっと痛くなったり、心が萎えてしまった経験は誰にでもあるでしょう。
私もありましたし、今後もあるでしょう。
私たちは、できるだけ毎日、穏やかでいたい。
イライラしたくないと思っていきているはず。
だから「言い返すのはよくない」と思ってる人は多いはずです。
争いを避ける姿勢は、決して悪いものではありませんし、むしろ大切な優しさです。
でも――
あまりにも相手の言葉を飲み込み続けると、人はいつの間にか“心のサンドバッグ”になってしまいます。
「言い返さない=我慢し続けること」ではないと思います。
言い返さないことは、大人のスマートさを表現してるようであるし、美しさや成熟の表れのようである一方、
「自分の尊厳まで差し出すこと」とは、全く違います。
もしトゲのある言葉を飲み込み続けて、
・心がすり減っている
・相手がエスカレートしていく
・自分らしさが奪われていく
こうした状態になっているなら、
それはもう、やさしさではなく“自己犠牲”以外の何者でもないです。
主張することは「攻撃」ではなく「境界線」を意識すること
「嫌だと伝える」
「そういう言い方は困ります」と言う。
「距離を置く」
これらは相手を攻撃しているのではなく、自分との間にフワフワした境界線をひくこういです。
境界線を引くことは、
自分を守り、大切にするための、必要なバリアなのです。
同じ調子で、きつく言い返す必要も怒鳴り返す必要もありません。
ただ、落ち着いた声で一言だけ、
「そう言われると、私は悲しい」
「その言い方は受け止められません」
「その話なら、今は聞く余裕がありません」
と伝えるだけで、空気は変わります。
それによって相手の態度が変わってしまって、離れても仕方ない。
自身が自分の側に立って味方した瞬間、心の深い場所で“尊厳”が守られます。
相手に優しくすることと、
自分に優しくすることは、いつもコインの表裏です。
攻撃的な言葉を言われた時、
言い返さないのは立派な選択。
でも、自分の尊厳を守るために主張するのも、同じくらい大切な選択。
そのどちらも持てる人は、
素敵です。
必要な時には、
自身を守る選択をしてあげれる自分でいよう!